朝4時からフルマラソンをやって学んだ2つのこと
前のブログでは、
未知のことに対して行動するときには
脳的にも抑制がかかり、個人的にも悪い方向ばかり考えてしまい、行動に対して萎縮してしまうということを書きました
そして、
最初の一歩を踏み出すためにやることは
脳をだますこと
この脳をだますということが実際的にどうなのか、1つ事例を自分の中に作り出していく必要があると思い、少し無茶な挑戦をしました
朝4時からフルマラソンを走る
もともとスポーツが好きで長い距離を走ったりしているから、どうせなら新しいチャレンジもしてみるかと思いフルマラソンに挑戦してみようと決意しました
朝にフルマラソンをやるということは色んな誘惑、抑制に打ち勝たないといけません。
人間の三大欲求の睡眠に打ち勝つ必要があるのですから、相手はかなりの強敵ですね笑
まず何も対策していなければありがちなシュミレーションを。
前日23時頃〜
「よし、アラームを4時にセットしたから起きる!明日は何としてでもフルマラソン走る!おやすみなさい。」
翌日4時
アラームが鳴る
「うるさいなあ〜。こんな時間からフルマラソン?どれくらい時間かかるんだよ…外だって暗いし、これから準備したらものすごい時間かかるからなあ。まああと、15分くらい寝た後にやるかどうか決めよう。ひとまずおやすみ〜」
15分後、アラームが再び鳴る
「うるさい!」
アラームを消す
いつの間にか7時…というのがよくあるオチなんじゃないかなと。
まず朝4時に起きてフルマラソンを走るためにやったことは
①決断する回数を減らす
決断自体にとてもエネルギーを使うわけです。
だから省ける決断は事前に減らしておく
これ超大事でした。
例えば、
寝る際にはランニングTシャツ、パンツを着用して寝れば
「着替える」という面倒な作業が減るんですね。
「着替えるかどうか」って通常時であれば誰にでも出来るごく簡単なことですが、
・朝4時でめちゃくちゃ眠い
・フルマラソンという未知のもの(おそらく想像してしまったら長い距離に億劫になるはず)
という状況下なので
「やりたくない」という重力に引っ張られてしまう
だから
「着替えるかどうか」
という決断を下すことが自体が無意識的に
やらない方向にいってしまうわけです
如何に
起きる→○→走る
○の意志決定が生じるプロセスを省けるか
が超重要です。
ちなみに僕が前日にやったこと
・ランニングユニフォームに着替える
・背負う荷物の準備
・朝食の準備
ですね
②やりたいという感情にフォーカス
意気込んでしまうと逆に自分へのプレッシャーがかかってしまい、
やりたい→やらなければならない
に転換されてしまいます
やらなければならないモードに入ってしまうと、気分が重くなりストッパーが自然にかかってしまいますよね
やらなければならないもの
と認知したことに対して脳は負荷と考えてしまうわけですから、
行動への制御がかかるわけです
だから、
如何に、やりたいを維持出来るか
が重要になっていきます
やりたいって
おそらく、明るい要素を見出し、何かワクワクするもの、自らやってみたくなるようなもの
ですよね
だから、意気込んで自分にプレッシャーをかけるよりも
・フルマラソンをしたらこんな良いことがある
・朝にフルマラソンを走ったらみんな驚くだろうなあ
・多くの人がやらないことだからワクワクする。
っていうやってみたくなるような感情にフォーカスしました
脳もこれに騙されて
フルマラソン=やって楽しいもの
という認知が起こるわけですから
行動への制御もかかりにくくなるのではないでしょうか
あとは
起床した直後に
「よっしゃ!!これからフルマラソン走るぞ〜楽しみ〜!」
とテンション高めで、口にしました(笑)
割と受験期によくやっていました。
楽しいから笑うのではなく
笑うから楽しい
という身体と感情の繋がりからのアプローチも大事ですよね。
漠然とした不安は行動を制御する
自分の今の人生に対して、
実はものすごく不安です
その不安っていうのが漠然としているから
自分で妄想を膨らませて、ネガティヴなことばかり考えてしまうんです
お金が稼げなかったらどうしよう
結婚出来なかったらどうしよう
事故にあったらどうしよう
テロと遭遇してしまったらどうしよう
(洒落にならないほど世界各地で衝撃の高い事件が起き続けてますもんね)
本当に自分の思考の認識として
物事の悪い、暗い部分に目を向けるように
プログラミングされてるんですね
物事の良い、明るい部分に目を向けるように
プログラミングされてないんです
でもこの思考様式を変えていかないと
ずっとずっと人生に対して怯えて、自分のやりたいことも我慢して行動出来ないまま悶々としている自分が本当に想像出来るんです。
他人がどんどん目標に向かってチャレンジして成長していく姿をみて、
羨望の眼差しで指をくわえてこう発言するんです。
「こんなはずじゃない。まだまだ自分はやれるんだ。」
このセリフを幾度と繰り返すけど、
一向に行動には移さず、
ただメンタルコントロールをしてお終い
じゃあ何で行動しないのか
おそらく失敗が恐いんだと思う。
失敗することに対して、恐怖のイメージがこびりついてるからなかなか踏み出せない。
ただ、自分の経験上から観察すると
最初の一歩を踏み出せるかどうか
にめちゃくちゃエネルギーを使います。
やっぱり未知のことに挑戦するときって
僕は不安のことをどうしても取り上げてしまって、自分の物語にはネガティヴなことばかりが上映されてしまうんですよね
この最初の一歩を踏み出すためにどうするか
を徹底的に対策すればいいんじゃないかと思うわけです
ほりえもんは「ゼロ」の中で
多くの人がやる前から考え過ぎている
行動をするときにはある種のノリが大切だとも言っているんですよね〜
脳はもともと新しい行動をする際に、
行動を抑制してしまう機能があるという研究結果もあるそうなので、
脳をだます
これが新しく行動する際に大事な秘訣なのではないかと最近思っています。
面倒くさがり、認識について
僕は基本、面倒くさがりです。
面倒くさがりというと、○○月無料キャンペーンに申し込んで解約が面倒くさくて、いつまで経っても先延ばしにしてしまう典型的な後で後悔するタイプの人間なんです。
どうやったら、これを改善出来るんだろうなあって考えていると
「脳の認知」ってめちゃくちゃ大事なんじゃないか?
と、ふと思ったわけです。
あらゆる行動を起こす際に、僕の脳の中は
因:行動→果:面倒くさい
という風に、結果を既に「面倒くさい」としてしまってる。
行動=面倒くさいもの
として脳が無意識のうちに認識してると思うんです。
例えば、友達とある企画の打ち合わせをしていて、
実際に下見行く話が出たとしても、行動派のAさんは今時間あるから行こうよ!という訳です。
でも面倒くさがりの僕としては、明日明後日○○のついでに行った方が楽じゃんと思うわけですね
あぁ…こうやって僕は色んなことに対してチャンスから逃げてきたんだなと。
Aさんの脳の認識としては、
面倒という概念がない、あったとしても違う概念が優位にあるんだと思います
早く行動した方がこういうメリットがあるよ、行動しなかったらこういうデメリットがあるよ、的な。
早く行動することが習慣になっているんですね
だから行動しないと何か気持ち悪い感じがする
僕としては、行動すること自体にものすごーいエネルギーを使うんです。
行動するためには、こんな準備や、あんなことをしなければならない。
だから、面倒くさい!!!笑
僕のこの面倒くさい病を何とかするためには、
脳の認識
を変えていくこと。
そのために必要なことは
「自覚すること」
自覚するためには
「言語化すること」
そのためにブログやツイッターなどで、自分の思考、認識、行動を言語化して発信していきたいと思います。
暖かく見守ってくださいm(._.)m